
10月1日
2層目遺物の検出状況の写真撮影が済み、いよいよ第1調査区で次の段階の実測が可能になる。ただ、作業待ちの間に別の調査区での遺物出土状況を実測に入ったのですぐには入れない。まあでも明日には終わるだろうから、今週中には作業に取りかかれるだろう。
ただ、当初の予定では18日(今月第3週)には第1〜4調査区までが終了するという工程で組んでたけど、これは無理っぽい(ちょっとだけ調査員氏に言われた)。
ただし、この遅延は予想範囲内ではある。今のところは。
10月2日
30%にもかかわらず、午後から雨が降った。通り雨だったせいか、時間は短かったものの雨足は強く、わりと水浸しになってしまった。
その後も天候は思わしくなく、次降ったら止めましょうと調査員さんたちに話を通していたら急に暗くなったので、思いきって16時30分で作業を取りやめる。なかなか降らなくて内心早まったかなと思いつつ、でも帰り着いたら降ったので安堵する。
帰るとき、作業員さんの車が一台駐車場でスタックしてた。機転の利く別の作業員さんのおかげで脱出できたけど。
10月3日
第3調査区で遺物出土状況の図面とレベリングが終わり、これで全調査区で1層目の遺物取り上げが終わる。遺物の外れた現場はすっきりしてて気持ちがいい。
10月4日
第1調査区の実測をやってたら、担当の方から隣を急いでくれと言われる。書きかけの図面を渡し、その際遺跡の状況について説明を受ける。上面の黄色い砂層が古代で、足跡は古墳時代らしい。そういえば「新しい時代の遺構は手測りで実測」とか言っていたような気がするんだけど。
ところで、そろそろ出稼ぎのリミットが来そう、ということをファックスする。まだ(いいトシして)親の扶養に入っているので限度額を超えることは出来ない。のだけど、「(字が)薄いから書き直せ」という返事が来たので改めてボールペンで書き直して再度送ったにもかかわらず。
音沙汰がない……。
どうするつもりなんだろう? マジで現場出られなくなるんだけど。ボランティアで現場出る気なんか毛頭ないぞ。
10月5日
昨日ファックスした件に関して8時半過ぎになってようやく本社から電話がかかってくる。最初はマジで昨日の件について相談というか、そんな感じで話すつもりが、所長の開口一番「収入の話にかこつけないで本音を聞かせてくれ」みたいな物言いが大いにカンに障り、近年稀なるくらいに激昂してしまう。
それにしても所長の態度ときたら……。口ではひたすら『私が悪い』を連呼しておきながら、こちらの怒りが収まらず形勢不利とみるや経理が悪いだの事務が悪いだのとすぐに責任を転嫁する。果てはいきなり『経理と替わるから』と言って電話口からすら逃げ出す始末。もちろん、突然割って入った経理担当(所長夫人で専務らしいけど)には『あなたと話してるんじゃない、所長に替わって下さい』を連呼し(6回くらいは言っただろうか)無理やり替わらせて再び所長を罵倒しまくる。そうしたら今度は「この仕事は公共事業なんだからいきなり中止だなんて言って迷惑はかけられませんから」などとのたまわったので、売り言葉に買い言葉で『そんなの知ったこっちゃありませんよ』と放言したらば、今度は『たかが紙切れじゃないですか、そんなものの、それもこちらのミスのことにそんな子供みたいなことを言わないで』などと切り返してくる。するとこちらは「あなたにとってはたかが紙切れ一枚のことなんでしょうけど、こっちにはそれに生活がかかってんだ」と言い返してやる。これ以後はもう水掛け論になってきたし、相手も同じことの繰り返ししかしなくなったので「とにかく、私はもうこれ以上御社のもとで働くことは出来ませんから。今月一杯で辞めさせていただきます、良いですね」と捨て台詞を吐いて電話を切った。
今にして思うと、『読めないから書き直せ』は明細を打ちだすための時間稼ぎで、今日になって電話してきたのは所長と専務の2人で明細の遅れたわけの口裏を合わせていたのだろう。何という姑息なことを。だがあいにく、昨年度の分の明細の発行がなかったことからもともとそんなものを出す意志がなかったことは明白。
……まあでも、実際のところあながち間違いじゃないわけで、既に現場が動いている以上、そのスタッフが途中で抜けるということは幾許かの迷惑は確実にかけてしまうわけで、特に同僚へはとてつもない負担が襲いかかるのは明白だし。
(もともと仕様書で1人となっていたのをあえて2人置いていたわけだから)
もう十分稼いだのでこのまま辞めても一向に構わないんだけど、とりあえず頭冷えてきてやっぱり『ちょっと早まったかな』という気持ちもじわりじわりと上がってきてるのもまた事実。
一応、きっぱりと今月で辞めると宣言こそしたものの、向こうが改めて誠意をもって再度のオファーに及んできたならば考え直さないでもない。もちろん、限度枠を超えての出勤は絶対やらないけど。
でも復帰したらいきなり『お前なら一人でも出来るだろう』とか言って相方引き上げるかもね。それくらいやりかねないなあ、あのタイプは根に持つから。
しかし。根に持つことなら他人に引けは取らない。……自慢にもならないけど。
10月7日
雨上がりのせいか朝から寒かった。冬服着てったけど結局あんまり気温も上がらず、結果的には正解だった。それともやっぱりもう秋なのかな?
発注者のところへ定期報告へ行くが、計画に比して3割程度成果が少なかったために設計変更のことで結構厳しい物言いをされる。立場からすれば当然だろうけど、別に設計変更されても全然関係ないからまるで堪えない(その後調査事務所とかでは『いやあ参りましたよ』なんて言いはしたけど)。一応報告はしたけど、でも結局出てこないような気がするなあ。良いけどでも、何の連絡もなかったら今月一杯で帰ることになる。その後でどうせ俺のせいにされるんだろうけど。
良いけどね。
現場の方は昨夜の雨で水が溜まってたけど、前回ほどではなかったので朝から1日全員来てもらって、人力と機械両方で排水作業を行なってもらう。午後からは(一部は午前中から)通常通りの作業に入ることが出来た。
10月8日
調査事務所から次の区画の表土剥ぎを言われる。担当の土建屋に連絡をとったところ明日から大丈夫だということで、旧第2調査区北半(現第7・8調査区)を明日剥ぐことになった。計画よりかなり前倒しになってきてる。それで現場終了後に全体の工程を改めてチェックしてみたら、来年の1月で終わりそうな感じである。それだと2箇月空くので、追加調査は免れないだろう。しかし旧第3調査区(現9〜12調査区)以北は遺構密度が急増し調査には時間がかかると推定されるので、それほどは剥げないだろう。40m剥げたら十分、ってところじゃないかと思うけど。
10月9日
予定通り重機による表土剥ぎに入る。今度のオペレーターは(前任者は休みとったとのこと)慎重に過ぎるようで、1区剥ぐのに1日近くかかった。まあ、金を出すのは所長だからいいけどね。
それよりも今日は作業員が無指示で行動した。刈ったばかりの草を勝手に燃やしたばかりか、道路センター杭を燃やしてしまった……。気乗りはしなかったが終礼時に譴責を行なう。しかし作業員達の中に不満の色を浮かべる者が数名おり、効果があったかどうかはいささか疑わしい。仕事なくていらつくのは判るけど、指示に従うという基本的なことが出来ないような人たちを雇うほど慈善家ではないようちら……。
一方で設計変更に関する会合の件で送った報告にまったくリアクションがなく、いい加減フラストレーション溜まってたら大分の担当の人から電話が入り、今日で契約破棄になったとのことで、だとしたらそちらで手一杯だったんだろう。嫌がらせじゃなかったんだな。
それにしてもやれやれだ……。
10月10日
今週から取りかかっていた第2調査区の遺物出土状況(2層目)を今日、何とか終わらせることが出来た……。その分ちょっと疲れたけどね。
ふふん。
表土剥ぎも今日で終わったし、今日は順調だった。
今宵の発泡酒は一味違う。
10月11日
昨日書き上げた遺物を取り上げる。同僚が午後から帰省するのでとにかく急いだ。どうにか昼までに終わり、午後からは遺物を取り上げて完掘にとりかかる。
10月15日
連休明けということで何となく眠い感じで仕事を始める。が程なく西の空が真っ暗になり、調査員サイドから中止しましょうという声。その後まもなく雨がふりだし、雷を伴う豪雨になった。今日はやめて正解だったなあ、なんて言ってたら午後は思いっきり晴れた……。
まあいいや、内業とかけっこうできたし。
10月16日
前日の雨は意外に降水量が多かったみたいで、午前の作業の半分以上が調査区内の排水作業でつぶれた。ただ昨日の午後丸休みで現場コンディションは思ったより良く、それを考えると昨日休んだのは正解だった?
第2調査区で残っていた遺物の取り上げに入る。少し残ったけどこれで第2調査区はほぼ完掘状態に持っていけるわけで、今月中の作業完了も夢ではなくなってきた観がある。
あと、サザエの安いところを教えてもらう。意外にもごく近かった。あとウニも安く入るらしい。
ううん。
10月17日
昨日残っていた分の遺物を取り上げ、加えて新たに表土を剥いだ第7・8調査区のうちで(昨日やり残していた)8調査区分の現況測量を実施する。これで現場での作業がなくなってしまった……。
まあ、すぐに出てくるだろうとは思うけど。何にしろ暇なことは良いことだ。
10月18日
とりあえず現場ですることがないので仕事を探す。それで、計画面積と実調査面積とを比較するために現場の幅杭座標を取り込む(いずれ描かなきゃいけない地形測量図の準備もかねて)。
来ないだろうと思っていた所長が来た。全然相手しなかったけど。
帰り間際、本業が海女という作業員さんからサザエを戴く。朝から「あげる」と言うから酒の肴程度の量を想定していたら予想に反し大量にあった……。ので急遽、これを贈答用に転用することにし、同僚共々発送した。でも所長が帰宅直後に宿舎へ押しかけて急かすもんだから(絶対旅館から張ってたなあれは)自分たちの分を確保しとくのを忘れてた……。
夜はまた宿舎下の割烹で夕食を(「明日仕事だから」と言って酒は断る)摂りつつ、仕事の話から予想通り出処進退へと話題が移行する。しかしやはり、所長の言葉に誠意を感じることは出来ず(もっとも、どんな条件を出されたところで基本的に妥協するつもりはなかったが)、結局従来通り、限度額までで帰ると宣言したところ、長いこと押し黙ったあとで後任の人事は補充しない、(もし帰るのなら)現場止まるな、仕方ないな、と(直接ではなく)同僚に向かってうそぶき、さらに、あなたが抜けてる間は病欠にでもしておく外ない、とのたまわる始末。
あくまでも現場の責任を盾にとる姑息さと卑怯さには心底から侮蔑を禁じえないが、その所長からは(現場における)責任の一切を取る意志がないことをその場の言動で感じられた。まあ、あくまでも妥協する意志を見せなかったことで追いつめたからなんだろうけど、本当に一切の責任をこっちに押しつけかねない。
でもまあ、辞めた後の人選やらは向こうの仕事であって、辞めた人間には関係ないことなんだよね。辞めるまでは責任あるけど。
…………それにしても最低の人間だな。……お互い。
10月21日
土日中殆ど降りやまなかった雨の為、現場は殆ど水没状態に。
よって終日作業を中止、排水作業も明日以降行なうことにした。この間溜まってた内業をあらかた終わらせることが出来た、という点ではよかった、のかな。でも朝から日報を出しに行ったら京大の学生が何か研修に来てたけどうちらには紹介なし……。
まあ、確かにそんな義理なければ資格もないだろうけど。
でもなんか、やっぱり辛い。
それが裏方に生きる者の宿命なんだけどね。おいらにはもう、ちょっと辛い。
んで、うまくいってもその功績が人に知られることはない。せいぜいが会社の功績。それでいてしくじったら個人の責任。
辛すぎる。
10月22日
今日は調査区からの排水作業をポンプ班のみで実施する。結局一日仕事になってしまった……。いやあ溜まった溜まった。
10月23日
調査区の排水に加えてすべてのシートを剥いで河原で洗う。この日も殆ど通常の仕事は出来ず、復旧作業に終始した一日となる。
それにしても寒い。午後には我慢できなくて用事がてら宿舎に戻り1枚着込んだほどだった。
10月24日
現場近くに鶴が飛んできた。5羽。
最初雁かなんかかなと思ってたら翌日、作業員さんから「あれ鶴よ」と言われてようやく気づいた。調査員氏も「この辺り(壱岐)は時々鶴が来ますよ」と言っていた。どうやら(鹿児島の)出水に降りてくるやつらが途中羽休めをするらしい。数こそ少ないけど偶然性という点では逆にラッキーの象徴的なものとして売り出せるんじゃ?
現場近くの中学生が「現場体験実習」ということで1日、作業に参加する。昨日から来てたんだけど、雨上がりで何にもさせられないので現場に出るのはこの日だけ、ということらしい。でも、まったく無駄ということもないんだろうけど、一日程度で現場の実情がわかるとは到底思えない。
ようやく第1調査区の遺物を取り上げる。すべてが上がった訳じゃないけどレベルは取り終わる。予定が変わってしまったなあ。まあ、その方が有難いけど。
排土の中から調査員氏が発見したクド石(竃の資材の一つ)、こんなものを捨ててるなんて、という言い方をしておられたんだけど、見てみると以前描いた覚えのある石だった。確かに描いたはず、と図面を見ていたら、間違いなかった。しかも始めの頃、すべての遺物に対してレベル取ってた時だったため高さまで判明した。ので、自分でラベル書いて明日取り上げる予定の遺物群と一緒に置いておいた。
無駄だと思っていた自分たちの仕事が意外な形で報われた瞬間。
何か、ちょっと気分良い。
10月25日
昨日にもまして仕事がない。暇を持て余し同僚は買い物やら何やらをついでにやってたようだけど、それにしても帰りが遅かった。ようやく姿を現わした同僚の言によると、宿舎近くの通りで神主の群れに捕まっていたらしい。何かのお祭りなんだろう。それにしても壱岐は神社が多い。作業員さんも、「壱州(地元は壱岐をしてこう称する)は信心深いもんね」と言っていたし。
まあ、良いことだけど。
週末ということで今日は少し早めに仕事を切り上げ、道具の手入れなどを中心に洗浄をやってもらうつもりだったのだが、非常に仕事が雑だ。洗えと言った筈の道具はまだたっぷり泥付いてるし、一輪車に至ってはねじが緩んでいきなり空気抜け出す始末(現場で調査員氏と話してたらいきなりプシウとなった)。その話というのも格段こちらから水を向けたわけではないにも関わらず、やはり今の班は問題が多いという内容になったところを見ると、顔にはあまり出さないけれど相当感じておられることがあるのだろう。
これはちょっと、また泥被る必要がある、かな?
10月28日
調査員氏との打ちあわせ通り、朝からちょっと叱責する。どうやら効果はあったのか、今日は何となく作業員の働きが良かったような気がする。しかし終礼間際のシート張り直しはわざとらしかった。
これはやっぱりリストラか?
壱岐高校の教師が午前中現場に入る。来年から同校で「原の辻クラス」という考古学専攻クラスを創設するとかで、その準備として担任の研修を、ということらしい。技術面でならいくらでもコーチ出来るんだけどねえ。午後からのテレビ局の取材(福岡のテレビ局がつくってる九州地方ほぼ限定ローカル番組で来年2月、2週間にわたって壱岐の歴史を紹介するというもの)の時といい、しょせん業者風情に日の目が当たることはない。
10月29日
第2調査区に水糸を張ったら調査員氏が詳細図面をとりだす。同僚が焦れて仕事を催促したら、第8調査区の土層断面に水糸張ってくれとの事。もう仕事の山場は過ぎたようで、どうやら居なくてもよさそうだな、と。
10月30日
久しぶりに実測作業。流木ばかり1/20平面図。ちょっと手間取ったけど、やっぱり楽しいわ、実測。
おいらの本質ってば、やっぱりこれなのかも。
調査事務所から調査報告書をいただく。バックナンバーも含めて25冊ほど。
某自治体からは概報すらもらえなかったというのに。この違いは何?
10月31日
せっかく仕事貰ったのに、午後から雨降って現場中止。何か適当に言ったのに予報が当たってしまった……。結果的に早めに止めて正解。まさに結果オーライ。
日報上げたらすぐに(というか23時過ぎに)給料明細がファックスされてきた。まあ、ね。ここで明細寄越さないようならもう即時撤退だしね。さすがに。しかしこれは当然の義務を果たしてもらっただけのことなんで、この程度で誠意とは見做せない。
むしろこれから。
でも実際、仕事的にはもう山場は通り越してる。これから旧河道と溝1条出るっつっても知れたもんだし、逆に少し時間をかけないとあっという間に追いついてしまうだろうし。
無理にとどまらなきゃいけない理由はない。
もう。
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