
7月27日
明日行くはずだったけど、台風の影響が不安だったので急遽出発することに。とにもかくにも合流し、宿舎に行く。現場近く、石田町石田西触というところにある一軒家で、まったくの厚意で申し出てくれたという。ついでに、壱岐では「触」で農村、「浦」は漁村を現わすらしい。
とりあえず一息つき、話を聞いたところ、殆ど丸受けに近いような印象を受ける。冗談じゃない、丸受けはごめんだと言ったはずなのに。
約束が違うじゃないか。
7月28日
朝から現場まで歩く。宿舎は涼しかったけど帰ってきたら汗だくになった。思ったより暑い。
昼から所長来る。早速話が違うと抗議したところそうではない旨の説明を受ける。とりあえずは納得したが、しかしヘッドとして入るのはご免蒙るという条件に関しては違反している。
夜、満天の星。こんなに綺麗な夜空を見上げたのは実に久しぶりだ。すばらしい。結果的に繰り上げ出発は杞憂に終わった。まあ、こんなこともあるわな。
夕食をかねて印通寺の割烹「J楽」で飲み方。
7月29日
はじめて調査事務所の面々と顔合わせる。色々打ち合わせを行なうが、とりあえずこちらに対する印象は悪くはないように感じる。良くもないだろうが。
会合後に宿舎移動。今度は印通寺の街中(昨日の「聚R」の上)、便利は良いだろうが夜空は普通……。
夜、新宿舎で飲み方。所長、酔いが過ぎて常駐技師の一人を面罵。解散後、その彼が辞職を表明。説得するも翻意せず。無理もないなあ、あんだけの罵声を連呼したんだもの。彼自身大分で一緒にやってたときからすでに『夏で辞める』と表明していた彼のこと、良く決心したなあと思ってたほどだから無理もないとは思うけど。
それにしても、2人でやることになるのか……。
7月30日
朝一番。先日の彼、所長に辞意を表明する。たちまち態度を一変させて頭を下げ翻意を乞うが、しかし根底には反省の色がまるでないことが明確に漂っていた。ひたすらに翻意を乞うその態度は説得というより恫喝に近いものがあった。あまりにもしつこい弁に、件の彼はその場では翻意したような態度であったが、やはり決意は変わらないようだ。これでまた此処は社員を一人失った。
……ホントに大丈夫なのだろうかねえ。
もっとも自身、ここを最後にするつもりだけれど。人のとどまらない組織には長くいるべきではないし、約束を破ったペナルティは受けてもらわないとね。
8月2日
表土剥ぎの工程に際して、調査員及び発注先の土建屋社長と3者で現地会合。重機はコンマ7(立米)で行くことを確認したほか、発注の形態についても確認した。何かすごくいい人そうな印象を受ける。やっぱり離島だからなのかしら?
8月3日
空撮に立ち会う。以前の経験があるのでびくびくしてたけど(撮影中に怒鳴られまくったのだ。……こっちが発注者なのに何であんなぼろくそに言われなきゃならんのだろう)、今回の人は温厚で安堵する。しかし空撮のフィルムを持って帰らないというのはどういうこと? 普通はプリントにアルバムまで向こうが持つんじゃないの? 少なくとも前のところはそうだったけど。
(後日註:現像代を相手方に負担させようとした上、郵送したフィルムの現像代をおいら名義で本社に送り付けたって聞いたし、しかもアルバム代はこっち負担になったって……。何じゃそりゃ)
8月4日
ドライブをかねて皆で出かける。郷ノ浦で海水浴、小崎と勝本で釣りをやる。が、同僚に竿を借りた途端、テトラの上で転んで竿を壊す。おまけに怪我する。掌に刺さったウニのトゲがものすごく痛い……。
8月5日
第1調査区表土剥ぎ。コンマ7(立米)を入れることは先週に確認済みだったけど、予想以上に早いペースで作業が進んだのには驚いた。すごい。
8月6日
表土剥ぎ2日目。第4小区までの作業を終了し、排土移動、トイレ・ハウス用の盛り土、など行なってもらう。
あわせてグリッド杭打ちを行なう。座標算定はやっておいたけど基準点入力をミスって午前中ロスを出してしまったにもかかわらず杭打ちは驚異的なペースで進み、1日で第3小区までの杭21本を打ち終わる。きわめて順調。
8月7日
表土剥ぎ3日目。ハウス盛り土の続きと排土の繰り出しがメイン。
グリッド杭を第4小区に3本敷設し、第1調査区の杭打ち作業を終える。
16時から作業員達への説明会を実施。調査事務所の主任調査員が立ち会う。主として雇用形態の違いに関する説明だったが、準備不足が如実に現れ、会場は大混乱する(展示館の学習室を借りて実施)。
主任のぼやき『書類の記入例なんかも(配付した書類に)添付しとけば良かったのにね』が耳に痛い……。
8月8日
ユニットハウス・トイレ設置。あいにくの雨天、主任調査員立ち会いのもと、施工主のリース会社はいきなり遅刻する。何なんだこいつらは……。
8月9日
空撮の納品形式について調査事務所と打ちあわせて、前業者の形式に準拠するようにとの旨を確認する。外に仕事らしい仕事はなかったので、最終のフェリーに乗って帰ることにする。夜だったせいか、3時間20分で着いた。南関経由の方が距離も短いし、良いかも。
8月18日
現場復帰。けど福岡に入った途端道に迷ってしまう。土地勘が相当鈍ってしまったなあ。前は勘で走っても全然大丈夫だったのに。もう長距離走れないかも……。ただ、最初の時より体力は回復したみたい。前回ほどには疲れなかった。
今回はとんでもなく揺れる。さすがに大変だった。右舷の波が船体を乗り越えて左舷に降りかかり、おかげでびしょぬれになってしまった……。
8月19日
作業員を入れた本格作業開始。周辺の伐採、調査区壁面の調整、現場に直交する道路際に安全柵の敷設、など。思いのほかに手間がかかる。もう1回重機入れる訳にも行かないし、次回からはもっと考えてやらせないと。
8月20日
B班からA班に替わる。作業効率がB班より良いのは、B班が休み明けだからじゃないかな?
……それにしても粗作業に手間がかかる。
第1小区の1/100平面図作成にかかる。別に言われたわけじゃないけど、早手回しにやっとかないとね。
8月21日
引き続き粗作業のほかに、第2小区の配置図作成にかかる。1/100でとったのはこれを遺構配置図に利用するため。仕様書にも成果品に挙げられてるしね。
あと、7センチほどの青銅製品が第2小区から出土する。形状は古代の刀剣みたい、ぱっと見はミニチュアみたいだけど……。なんだろう?
(後日鉄製品と判明、しかし形状など詳細は依然不明)
あと、19時から調査事務所が月一で開いている講習会に参加する。1時間くらいで終わるだろうと思ったら21時までかかった。おかげで今日は居酒屋へ食いに行く羽目になる。
……金のかかることだ。
8月22日
第2小区で初の遺構検出。前年度調査のSD2の延長じゃないかと思うんだけど。幅は訳4.5m、深さは報告書で見るかぎり2mほどになる? それはまあ良いけど、検出が思ったより浅い地点で出来たっていうのはめっちゃくちゃ明るい材料じゃないかなと思う。
第3小区も上端ライン確定につき作図。
加えて、空撮フィルムの現像したところから写真があがってきたので、その内容を確認してもらうべく調査事務所で打ちあわせる。カラーじゃなくてリバーサルフィルムから四つ切りとってくれるよう言われる。ということはカラーは不要かな。
それと、現像代の請求が会社(というかおいら)宛てに来たらしい。どういうつもり? 何か態度悪いなあ。
8月23日
朝から雨降ったので午前待機と言ったら、8時過ぎには雨あがる。おかげで半日を無駄にしてしまった……。
作業はいつも通りだが、今日は後世(中世?)の杭列を現況図におさえ、検出に入っていたが、人員がだぶついたみたいなので第4小区の大ざっぱな清掃をやったけど、まだ時間あまったので周辺の伐採をやってもらう。改めて伐採やって判ったけど、やっぱり農道際にもフェンス打ち込むべきだ。視界が開ける分、簡単に入れるような気持ちになってしまうぞっと。
資材倉庫の整理棚を搬入との由。
8月24日
現場は休み。駐車場の遺物倉庫用の整理棚を、業者が組み立て作業を行なうとの由。進捗状況の撮影に赴く。これで調査的には1日使ったことになるんだからなあ。
8月26日
今日は風がないうえに、雨上がりで湿度が高くてむちゃくちゃ暑かった……。熊本並の破壊的気候、たまらん。でも「ほめく」がこっちでも使うというのは意外な発見だった。
現場的には第1小区でも遺構の面的検出が見られ、いよいよ調査区らしくなってきた。やっぱりでも当初の予定よりはずいぶんと浅いようだ。第4小区でも地山っぽいのが見えてきたし(主任の話でも今週中には全区で遺構を確認できるだろうという由だった)、結構良いペースで来てるんじゃないだろうか。
あと、主事調査員と本社経理との会話で、登録を各班5人程度追加したいということを聞く。それくらいなら入れてもいいかな、とは思うけど、出来ないこともないとも思う。
水晶(石英?)製の切子玉、及び銅鏃各1点検出。切子玉は判らないけど、あの銅鏃の形状は方保田東原で去年出たのと同じ、だとしたら古墳時代前期のものということになる。全般的に今出てる遺物は新しいような気がする。
8月27日
前夜、本社経理氏が現場を離れるに際し、祝宴もかねてラーメン屋に飲みに行く。最後の締めに拉麺を頼み、いざ食おうとしたとき、手が滑ってスープが足にかかり火傷を負う。とりあえずは店主に氷水を貰って冷やし、家に帰ってからも流水で冷やした後、貰ったアロエを患部に当てて晒で巻いたうえ、鎮痛剤を三包飲んで寝る。
この日、朝から担当者に断って病院へ行き、診てもらう。幸い、応急処置が功を奏したのか大したことはなく(面積の割に)、簡単な消毒と化膿止めの処方で済む。しかし万一に備え前借り金額を5万にしたため、9月は給料からごっそり引かれることになりそう……。
病院へ行く途中所長から電話が入る。しかし、運転中だっつってるのにくどくどと話すうえ、あろうことか「ガーゼと包帯で何とかならんもんですかねえ?」とは……。
昼前、一旦は現場へ顔を出したものの、午後からは同僚の言もあって休ませてもらう。まだ現場に緊急の仕事は出てないし、無理をして化膿とかひどくしても却って都合悪いし、ということで。ついでだから内業でなんかやるか。
そういえば今日でこっち来て1箇月だ。慣れてきて油断したか?
それにしても拉麺で火傷とは、情けないにもほどがある。
やはり、拉麺とは口から食うものなんですねえ。
8月28日
現場復帰。暑い。昨日はもっと暑かったらしいが。
検出された遺構について現況図をとる。こういうのはたんびたんびとっとかないといけない、と思うので。
帰宅後、作業員さんに貰った西瓜を(夕食後に)同僚と食う。けど……一人1/4個はちょっと辛いぞ。
8月29日
台風が近づいてるらしく、今日は風が強かった。作業的にはこれまで通り、だが先日半日出勤を解禁した効果はあったのか、早速延べ一人分の人員を確保した。
検出状況は変わらないが、現況図のコピーを渡した効果があったのかないのか、今日は不明だった第2小区の検出が済む。何かこうのれんに腕押しって感じなんだけど、まあ良いか。不信感で見られるよりは。
でも昼食に戻ってきたら会社から書類が来てて、源泉徴収云々のやつなんだけどその中のキャプション「この年齢の人を(註:36歳とか52歳とか)本当に扶養しているのか? 確認して下さい」に、マジでぶちきれそうになる。
『俺も扶養に入ってるんですけど……?』
マジで一筆書いてファックスしてやろうか。火傷の時といい、何でああ人のやる気を殺ぐようなことしか言わんかなあ。
8月30日
朝から天候が思わしくなく、結局半日で現場を終える。その半日分現場が遅れたけど、それほど問題ではないと思う。休み明けからは本格的な実測作業が発生する。これでやっと本領が発揮できる。
昼食時にまたも本社から速達が来て、書類の間違いがあってちゃんとしないと税金が余計にかかることになって作業員に迷惑がかかって云々と同じことを何度も念を押していた。これでまた切れそうになる。
午後から事務書類の発送やらコピーやら、ついでに病院へ保険証の提出などやって、買い出しやら何やら済ませて戻ってきたところ、本社からファックスが来て結局「あまり急がなくても良いです」という一文……。
マジ切れしても良いですか……?
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