うりづん日記電腦版

<歴代序文>
海賊版 巻之陸

 オビガードの起源は諸説あり(1)、その総てについて論じる事は無意味であり、またその余白もない。よって此処では、諸説の研究よりも概説を中心に述べることにしたい。
 一般的に云われているオビガードの歴史的起源は、『公卿補任』嘉吉二年閏三月四日付の従三位下、参議就任の人事に名を連ねる「於飛騨」がそれであると云う(2)。しかしこれは中央大学助教授(当時)の辰巳寅大夫氏の研究(3)を皮切りに、否定説が主流となりつつある。
 代わって勢いを増してきたのは山科蔵ノ進氏らの論拠とする『宇治拾遺物語』中の坂倉勝静起請文(4)である。しかしながらこの文書には年代が記載されていない為、この点が弱い所である。
 オビガードの起源についての概説(5)を述べたが、まだまだ研究の浅い内容だけに、今後の展開が期待される。

(1)上記の2説のほか著名なものとしては、野村義男『働け』(理化学研究所)、北大路欣也『空海上人と私』(佐賀県教育委員会)、東照権現『わが自叙伝――愛と哀しみのエロス――』(文献出版)がある。
(2)これが人名であることはほゞ間違いない為、この点で批判が多い。
(3)「ボロブドゥール遺跡の出土物に見るキリスト教イエズス会の生糸貿易額の推移について」(『史学雑誌』第六二号所収)
(4)起請文之事[「延暦寺忍恵上人略伝」ニ所在スルモ「妙見宮南蛮事始」中ニモ同文書アリ]
  敬白
勝静謹々奉敬白候/我家代々當社忠拝候ゝハ抽軍行君覚目出候/一重ニ當社神徳候/今度我家苦鬼が奴腹ニ自領を追ハレ一族被苦候/亦奴腹當家為奉行當社領をも浪席致候/何卒神徳以テして窮乏左候状御願候/御左被(「致」欠カ)候上ハ阿彼我之上社殿も理修し新たニ社領寄進致候/已上/急々如律令
  (文治三年カ)九月廿九 治少勝静(花押)
  勤白
(5)詳しくは欣文新氏『やさしいDNA合成〜遺伝子工学と現代社会主義のマニュアル〜』『未来の太陽観測』(中央公論社)を参照の事。

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